にでも行ったと思ったらしく、当座のお小遣いにしろといって十五円くれましたので、わたくしはそれを押し戻して、お金なんぞは一文もいらないから、どうぞ元々通りになってくれと言いますと、市野さんはいよいよ迷惑そうな顔をして、なんともはっきりした返事をして聞かせないんです。
 それでその晩はうやむやに別れてしまったんですが、わたくしの方ではどうしても諦められないので、一日置きに町の病院まで通って行くのを幸いに、その都度きっと市野さんの店へたずねて行って、男を表へよび出して、どうしても元々通りになってくれとうるさく責めるので、市野さんもよくよく持て余したとみえて、今夜も尾花川の堤へ来て、いよいよ何とか相談をきめるということになりました。
 日の暮れるのを待ちかねて、わたくしは堤の芒をかきわけて行くと、あなたが先に来て釣りをしておいでなさる。そこがいつも市野さんと逢う場所なので、よんどころなく芒のかげにかくれて、市野さんの来るのを待っていると、やがてやって来て、しばらくあなたと話しているので、わたくしも焦れったくなって芒のかげから顔を出すと、市野さんも気がついて、いい加減にあなたに挨拶して別れて、わ
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