て郵便の一本もよこして、こうこういうわけで遠方へ行くぐらいのことは知らしてくれてもいいじゃありませんか。ずいぶん薄情な人もあるものだと、わたくしも呆れてしまう程に腹が立ちました。なんぼこっちが小娘だからといって、あんまり人を馬鹿にしていると、ほんとうにくやしくってなりませんでした、ねえ、あなた、無理もないでしょう。」
 少女をもてあそんで、さらにそれをあいまい茶屋へ売り飛ばして、素知らぬ顔で遠いところへ立去ってしまうなどは、まったく怪《け》しからぬことに相違ない。市野にそんな古疵のあることを僕は今までちっとも知らなかったが、彼の所業に対してこの女が憤慨するのは無理もないと思った。
「市野はそんなことをやったんですか、おどろきましたね。まったく不都合です。」と、僕も同感するように言った。
「わたくしもその時には実にくやしかったんです。けれども、家《うち》へ帰って十日半月と落ち着いているうちにわたくしの気もだんだんに落ち着いて来て、あんな男にだまされたのは自分の浅慮《あさはか》から起ったことで、今更なんと思っても仕様がない。あんな男のことは思い切って、これから自分の家でおとなしく働きましょ
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