ですが、世話をしてくれた人の礼金に十円ほど取られて、残りの二十円を市野さんとわたくしとで二つ分けにしました。初めの約束では少なくも月に五、六度ぐらいは逢いに来てくれるはずでしたが、市野さんは大嘘つきで、その後ただの一度も顔をみせないという始末。おまけにその茶屋というのが料理は付けたりで、まるで淫売宿みたいな家《うち》ですから、その辛いことお話になりません。ひと思いに死んでしまおうと思ったこともありましたが、やっぱり市野さんに未練があるので、そのうちには来てくれるかと、頼みにもならないことを頼みにして、ともかくもあくる年の三月ごろまで辛抱していると、家の方からは警察へ捜索願いを出したもんですから、とうとうわたくしの居どころが知れてしまって、兄がすぐに奉公先へたずねて来て、わたくしを連れて帰ってくれました。
それでわたくしも辛い奉公が助かり、恋しい市野さんの家のそばへ帰ることも出来ると思って、一旦はよろこんでいたんですが、帰ってみるとどうでしょう。わたくしのいないあいだに市野さんは自分の家を出て、福岡とかの薬学校へはいってしまったということで、わたくしも実にがっかりしました。そんならせめ
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