んとうの下手人をさがし出して、自分のかたきを討ってくれと訴えたのであろうか。それならば単に吟味が違っていると言わないで、本当の下手人は誰であるという事をなぜ明らさまに訴えないのか。秋山は机にむかって暫く考えていたが、やがて俄かに笑い出した。
「畜生。今どきそんな古手《ふるて》を食うものか。」
 甚吉の家は物持ちである。その独り息子が人殺しの罪に問われるのを恐れて、かれの家族が何者をか買収して、伊兵衛の幽霊をこしらえたのであろう。そうして、自分の外出するのを窺って、怪談めいた狂言を試みたのであろうと秋山は判断した。
「よし、その狂言の裏をかいて、甚吉めを小っぴどく引っぱたいてやろう。」
 甚吉の罪業《ざいごう》については、秋山も実はまだ半信半疑であったが、今夜の幽霊に出逢ってから、その疑いがいよいよ深くなった。かれがもし潔白の人間であるならば、その家族どもがこんな狂言を試みる筈がないと思った。

     二

 あくる朝、秋山嘉平次は同心《どうしん》の奥野久平を呼んで、柳島の伊兵衛殺しの一件について特別の探索方を命令した。
「人を馬鹿にしていやあがる。眼のさめるように退治つけてやれ。」
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