袂には血に染みた鎌が捨ててあったばかりでなく、お園の袷《あわせ》と襦袢の袖にも血のあとがにじんでいるのを見ると、かれはまず伊八を殺害し、それからここへ来て入水《じゅすい》したものと察せられた。
「こうなると、わたくしの見たのもいよいよ嘘じゃありませんよ。」と、藤次郎は言った。
「それにしても、道連れの男は誰だ、伊八じゃあるめえ。」と、奥野は首をかしげた。
「さあ、それが判りませんね。」
伊八によく似た男といえば、兄の伊兵衛でなければならない。伊兵衛の魂がお園を誘い出して、まず伊八を殺させて、それからかれを水のなかへ導いて行ったのであろうか。藤次郎が伊八と思って尾行したのは、実は伊兵衛の亡霊の影を追っていたのであろうか。それは容易に解き難い謎である。
甚吉の家族はみんな厳重に取調べられて、父の甚右衛門は一切の秘密を白状した。それはおきよの申し口と符合していたが、伊八殺しの一件について彼はあくまでも知らないと主張していた。
伊八を殺したのはお園の仕業と認めるのほかはなかった。
それにしても、お園がなぜ伊八を殺したか。伊八が兄のかたきを討とうともしないで、却って仇の味方になって働いて
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