の話に耳をかたむけているらしかったが、やがて男は小声でわたしに訊《き》いた。
「蛇がどうしたのですか。」
ここでこの男と娘に就いて、すこしく説明して置く必要がある。男は十九か二十歳《はたち》ぐらいで、高等学校の制帽と制服をつけていた。娘は十五、六の女学生らしい風俗で蝦《えび》色の袴《はかま》を穿《は》いていた。その服装と持ち物とを見れば、彼らは暑中休暇で郷里に帰省していて、さらに再び上京するものであることは一と目に覚《さと》られた。かれらが兄妹《きょうだい》であるらしいことも、その顔立ちをみて直ぐに知られたが、取分けて妹は色の白い、眉《まゆ》の優しい、歯並の揃った美しい娘であるのが私の注意をひいた。
問われるままに、わたしはかの青い蛇の一件を物語ると、兄も妹も顔の色を動かした。
「そうして、その蛇はどうしました。」
「駅へ着く前に窓から捨てました。」
「駅へ着く前……。よほど前でしたか。」と、兄はかさねて訊いた。
「いや、捨てると直ぐに駅へ着きました。」
兄は黙って聴いていた。妹の顔色はいよいよ蒼ざめた。若い娘の前で蛇の話などを詳しくしゃべって聞かせたのは、わたしの不注意であった
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