せん。」と、男は人々にむかって又もや頭を下げた。「どうしてあんな物が這《は》い込んだのか、実に不思議でございます。これからは気をつけます。どうかまあ御勘弁を願います。」
 言ううちに、列車はもうFの駅に着いたので、男は又くり返して詫びながら早々に降りてゆくと、それと入れちがいに、この車内へ乗込んで来たのは学生らしい若い男と娘の二人連れで、わたしの向うの空席に腰をおろした。わたしはここで例の弁当を買おうかと思ったが、岡山駅まで待つことにしていると、列車はやがてゆるぎ出した。
「いや、どうも飛んだお茶番でしたね。」と、東京の商人らしい乗客の一人が笑いながら言った。
「蛇となると、小さいのでも気味の好くないもんですよ。」と、隣りにいる一人が答えた。
「まったくあの風呂敷包みがころげ落ちて、唐蜀黍のあいだから蛇の出た時にはぞっ[#「ぞっ」に傍点]としました。」と、その前にいる女も言った。
 蛇の噂《うわさ》が一としきり車内を賑わした。あの男は実際なんにも知らないらしい。あの男があんまり恐れ入ってあやまるので、しまいには気の毒になって来たなどという者もあった。新しく乗込んで来た男と娘は、熱心にそ
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