かも知れないと気がついて、もういい加減にその話を打切ろうとすると、兄は執拗《しつこ》く又訊いた。
「その蛇は青いのでしたね。よほど大きいのでしたか。」
「いや、一尺ぐらいでしたろう。」と、わたしは軽く答えた。そうして、その話を避けるように窓の外へ眼をそらした。
 わたしが傍《わき》を向いていたのは、せいぜい二分か三分に過ぎなかったが、そのあいだ兄と妹はどう相談をしたのか、網棚の上にあげてある行李《こうり》をおろし始めた。なんだか下車の支度でもするらしいので、私はすこしく不思議に思っていると、やがて列車は次の駅に着いた。その前から二人は席を起って、停車を待ちかねているような風であったが、停まると直ぐに兄はわたしに会釈《えしゃく》した。
「どうも失礼をいたしました。」
 妹も無言で会釈して、二人は忙がしそうに下車した。その余りに慌てたような態度が又もやわたしの注意をひいて、窓からかれらの行くえを見送ると、ここは小さい駅であるから乗降りの客も少なく、兄妹《きょうだい》がほとんど駈足で改札口を出てゆく後ろ姿がはっきりと見えた。勿論、なにかの都合で途中下車をしないとも限らないのであるが、くどくも
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