がら、今日まで誰にも洩らさなかったのである。ところが、その次男の次郎君が大学卒業の文学士となり、さらに先生のお嬢さんの婿となり、この江波家の人となるに及んで、その秘密が次郎君の口から奥さんに洩らされた。
 次郎君も勿論くわしいことは知らないのであるが、足利時代の遠い昔、三好家はその土地における豪族であって、なにかの事情からKの土地に住む豪族の森戸家へ夜討ちをかけて、その一家を攻めほろぼした。その後、森戸家の遺族とか残党とかいう者どもが手をかえ、品をかえて、徳川の初期に至るまで約五十年の間、根《こん》よく復讐を企てたが、用心のいい三好家では一々それを返り討にして、結局かれらを根絶《ねだ》やしにしてしまった。女子供までも亡ぼし尽くした。その以来、一種の怪しい呪詛が三好家に付きまとって、代々の家族が蛇に祟られるというのである。
 三好家は関ヶ原の合戦以後、武士をやめ普通の農家となったが、その祟りはやはり消え去らないので、元禄時代の当主がその地所内に一つの祠《ほこら》を作って、呪詛の蛇を祀《まつ》ることにした。森戸家のほろびたのは三月二十日であるので、毎月の二十日には供物《くもつ》をささげ、家
前へ 次へ
全57ページ中51ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング