になっていたが、大正三年の十一月、社用で神戸へ戻って来たので、そのついでに上京して、久しぶりで先生の家の門をくぐった。
先生の家は依然として其の形式を改めなかったが、いつの間にか根津の大通りには電車が開通して、周囲の姿はまったく変ってしまった。それだけに、先生の家の古ぼけているのがいよいよ眼に立って、むかしなじみの桜は折りからの木枯しに枯葉をふるい落していた。その落葉の雨を払いながら玄関に立つと、見識らない女中が取次ぎに出て来たが、わたしの名を聞いて奥さんが直ぐに出て来た。つづいてお嬢さんも出て来た。
「あら、まあ、おめずらしい。」
なつかしそうに迎えられて、わたしは例のごとくに二階へ通された。
桐沢氏の次男がお嬢さんの婿になって、若夫婦のあいだにはすでに男の児が儲《もう》けられていることを、わたしもかねて知っていた。遅蒔きながら其の御祝儀を述べるやら、御無沙汰のお詫びをするやら、話はなかなか尽きなかったが、なんにしても先生も無事、奥さんも無事、それを実際に確かめることが出来て、わたしもまず安心した。
もう一時間ほど経つと、先生は学校から帰って来るから、きょうは是非待っていろと
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