いからと断わって帰った。その後、もう一度たずねたいと思いながら、いろいろの都合で私はとうとう先生に逢わずに東京を去ることになった。勿論、その事情を手紙にかいて先生宛に発送して置いたが、先生には当分逢われないかと思うと、なんだか名残り惜しくもあった。
わたしは二、三人の友達に送られて新橋駅を出発した。言うまでもなく、その頃はまだ東京駅などはなかったのである。汽車ちゅうには別に語ることもなく、わたしは神戸にいったん下車して、会社の支店に立寄った。そうして、その翌朝の七時ごろに神戸駅から山陽線に乗換えた。例によって三等の客車である。
わたしは少しく朝寝をしたので、発車まぎわに駈けつけて、転《ころ》げるように車内へ飛び込むと、乗客はかなりに混雑している。それでも隅の方に空席があるのを見つけて、私はあわててそこに腰をおろすと、隣りの乗客はふとその顔をあげて見返った。その刹那《せつな》に、わたしはなんとも言えない一種の戦慄《せんりつ》を感じたことを白状しなければならない。その乗客はかの三好透であった。
奥さんの話によれば、彼はすでに二、三日前に乗車した筈であるのに、何かの都合で遅れたのか、あ
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