語らないであろうことは、わたしにも大抵想像された。
 しかし、あれほどに亢奮していた透が、もし不服があるならば桐沢氏に言えという先生の一言のもとに、素直に屈服してしまったのを見ると、かれら兄妹にまつわる何かの秘密を、桐沢氏に知られているので、彼も桐沢氏に対しては頭が上がらない事情があるらしい。奥さんもそんなような意見を洩らしていた。要するに、ここに何かの秘密があって、それを知っているものは兄の透と妹の多代子と、桐沢氏――と、まだほかにもあるかも知れないが、少なくともこの三人はその秘密を知っているに相違ない。それを問題にすると否とは別として、先生もおそらく知っているのであろう。この際、先生の口から聞き出すのが一番近道であるが、前に言ったようなわけで、それは所詮むずかしい。
「それでも無事に済んで、まあ結構でした。」
 わたしはさし当りそんなことを言うのほかはなかった。奥さんはうなずいた。
「ええ、そうですよ。鎌倉の別荘ならば、桐沢さんの家の人たちもみんな行くのですから、多代子さんをやって置いても心配はありません。」
 奥さんは午飯《ひるめし》を食って行けと勧めたが、わたしは出発前で忙がし
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