けれど、手紙ぐらいは誰かに代筆を頼んだかも知れませんよ。若い友達などの中には、面白半分にそんなことを引き受ける者も随分ありますからね。ただ、肝腎の問題は、三好透がなぜ妹をそんなに脅迫するかということです。あなたにはなんにもお心当りはありませんか。」
 わたしにも勿論、心当りはなかった。しかも刑事に対して何かのヒントを与える材料にもなろうかと思って、わたしは今夜の一条を話した。多代子がこの夏休みに帰省を忌《いや》がること、兄の透が無理に明朝の列車で連れて帰ろうとすること、それらを逐一聴き終って刑事はまた考えていた。
「いや、いろいろありがとうございました。では、まあ、今夜はこのままにして置いて、もう一度よく考えてみましょう。」
 相手が実の妹であると知って、刑事も探偵的興味を殺《そ》がれたらしく、丁寧に挨拶して別れて行った。透と多代子とが兄妹であることを、警察が今まで知らなかったのは少しく迂濶《うかつ》ではないかと私は思った。
 なにしろこうなった以上は、事件が又どんな風にもつれて来て、先生の迷惑になるようなことが無いとも限らない。わたしは翌朝、会社の方へちょっと顔出しをして、すぐに根津
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