》はその相談ながらに、今夜桐沢さんのところへ出かけて行ったのですが、どういうことに決まりますかねえ。」
 多代子が帰省を嫌うのは、山陽線の列車の中で又もや何かの蛇さわぎに出逢うのを恐れているのではないかと、私はふと思い浮かんだので、それを奥さんにささやくと、奥さんも同感であるらしかった。
「実はわたしも、もしやと思って、それとなく多代子さんに訊いて見たのですが、本人は一向にそんなことを言わないのです。もっとも隠しているのかも知れませんが……。あなたもそういうお考えならば、もう一度、良人に話してみましょうか。」
「およしなさい。」と、わたしは遮《さえぎ》った。「そんなことを言っても駄目ですよ。先生はとても受付ける筈はありませんよ。現にこのあいだもあの通りでしたから。」
「それもそうですが……。」と、奥さんも思い煩うように見えた。「なにしろ本人がどうしても忌だというものを、無理に帰してやるわけにも行きますまいからねえ。」
「多代子さんはどうしているんです。」
「やはり下の八畳に……。娘と一緒に机を列《なら》べているのです。」
「別に変った様子も見えませんか。」
「ほかには別に変ったことも…
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