たらしいというじゃありませんか。してみると、やっぱり何か思い当ることがあるに相違ないと思われるのですが……。」
 当人が隠しているものを無理に詮議するのも好くないから、まず其のままにして置いたが、その以来、自分の家に多代子さんを預かっているのが何だか不安になって来たと、奥さんは小声で話した。奥さんの鑑定通り、多代子は何かの秘密を知っていながら、あくまでも知らないと言い張っているらしく思われたが、さてそれがどんな秘密であるかは、所詮《しょせん》われわれの想像の及ばないことであった。
「多代子さんの兄さんが来たときに訊いてみようかとも思うのですが、それもなんだか変ですからねえ。」と、奥さんは考えていた。
「それはお止《よ》しになった方がいいでしょう。」と、わたしは注意した。「そのうちには自然に判ることがあるかも知れません。」
「そうですねえ。多代子さんと違って、透さんにうっかりそんなことを訊いて、それが良人《うち》の耳にでもはいると、わたしが又叱られますから。」
 多代子の話はそれで打切りになった。先生の帰りは遅くなりそうだというので、わたしは奥さんと三十分ほど話して帰った。社の用件も片付
前へ 次へ
全57ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング