どうもわたしは驚きましたよ。多代子さんを付け狙った不良青年は、やっぱり広島県のKの町の生れだったそうです。」
「そうですか。」と、わたしも眼をかがやかした。「じゃあ、多代子さんの身許《みもと》を知っていたんでしょうか。」
「それは知らないのだそうですがね。そんな事を常習的にやっているので、警察からも眼をつけられている不良青年で、多代子さんがFの町の人だか、三好という家の娘だか、そんなことはなんにも知らないで、ただその容貌《きりょう》の好いのを見て付け狙ったというだけの事らしいのです。しかし、それがちょうどにKの町の人間だというのが不思議じゃありませんか。」と、奥さんは眉をよせた。
「不思議ですね。」と、私もなんだか不思議のように思われてならなかった。
「ねえ、そうでしょう。」と、奥さんは重ねて言った。「良人《うち》はあんな人ですから、何を言っても取合ってはくれませんけれど、わたしはなんだか気になるので、多代子さんにいろいろ訊いてみましたが、本人はなんにも心当りがないと言うのです。けれども、あなたのお話によると、多代子さんの兄妹は汽車のなかで蛇の話を聞いて、途中で急に下車して家に引っ返し
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