。透さんが台湾へ行って蛇に殺されるというのは……。学校を出たときに、北海道と台湾とに奉職口があって、桐沢さんは北海道の方へ行ったら好かろうと勧めたのだそうですが、本人はどうしても台湾へ行くと言って出かけたので……。もし北海道へ行っていれば、そんな事にもならなかったのでしょうに……。どう考えても、なにかの因縁がありそうですね。」
「そう言えば、まったくそうです。」と、わたしも溜息まじりに答えた。「そうして、多代子さんの方はどうしました。」
「多代子さんは無事です。あの人は幸福でしょう。」
奥さんの話によると、多代子は学校を出ると間もなく、桐沢氏の媒妁《ばいしゃく》で、現在の夫の深見氏方へ縁付いたのである。深見氏は養子で、その実家が広島県のKの町にあることは世間でも知っているのであるから、関係者一同が知らない筈はない。Kの町の蛇がFの町へゆく――その汽車ちゅうの出来事をわたしから聞かされているので、深見氏がKの町の出身であるということに就いて、奥さんは何だか気が進まないように思ったそうであるが、先生は頭からそんなことを問題にしなかった。三好家にも異存はなかった。兄の透も反対しなかった。それでも、奥さんは多代子にむかって暗《あん》に注意をあたえた。
「ほかの事とは違いますから、あなたの気に済まないような事があるならば、遠慮なくお言いなさいよ。」
「いいえ、皆さんが好いと思召《おぼしめ》すなら、わたしも参りたいと思います。」
むしろ本人も気乗りがしているような風で、この縁談は故障なく進行したのであった。結婚後の多代子は幸福であるらしく、精神的にも物質的にも彼女は大いに恵まれているらしいので、奥さんもまず安心しているとの事であった。
その話を聞かされて、わたしの胸も又すこし明るくなった。
「そうすると、何かの呪詛――もし果たして何かの呪詛があったとすれば、それは透君ひとりにとどまっていることで、多代子さんはその傍杖《そばづえ》を食っていたのかも知れませんね。」と、わたしは笑った。
「そうかも知れません。」と、奥さんもほほえんだ。「それにしても、こんなお話があるのですよ。大正の世のなかに、こんなことを言ったらお笑いになるかも知れませんけど……。」
奥さんは又話し出した。桐沢氏と三好家とは昔からの知合いで、われわれが想像している通り、桐沢氏は三好家の秘密を薄々承知していな
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