どをかく、今夜は大湯換えに付き入浴八時かぎりと触れ渡された。

     二

 二十七日。六時に起きて入浴。きょうも晴れつづいたので、浴客はみな元気がよく、桂川の下流へ釣《つり》に行こうというのもあって、風呂場は頗る賑わっている。ひとりの西洋人が悠然として這入って来たが、湯の熱いのに少しおどろいた体《てい》であった。
 朝飯まえに散歩した。路《みち》は変らぬ河岸であるが、岩に堰《せ》かれ、旭日にかがやいて、咽《むせ》び落つる水のやや浅いところに家鴨数十羽が群れ遊んでいて、川に近い家々から湯の烟《けむり》がほの白くあがっているなど、おのずからなる秋の朝の風情を見せていた。岸のところどころに芒《すすき》が生えている。近づいて見ると「この草取るべからず」という制札を立ててあって、後の月見の材料にと貯えて置くものと察せられた。宿に帰って朝飯の膳にむかうと、鉢にうず高く盛った松茸に秋の香が高い。東京の新聞二、三種をよんだ後、頼家の墓へ参詣に行った。桂橋を渡り、旅館のあいだを過ぎ、的場の前などをぬけて、塔の峰の麓に出た。ところどころに石段はあるが、路は極めて平坦で、雑木が茂っているあいだに高い竹
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