こらの垣に機織虫《はたおりむし》が鳴いていた。
わたしの宿のうしろに寄席があって、これも同じ主人の所有である。草履《ぞうり》ばきの浴客が二、三人這入ってゆく。私もつづいて這入ろうかと思ったが、ビラをみると、一流うかれ節三河屋何某一座、これには少しく恐れをなして躊躇《ちゅうちょ》していると、雨がはらはらと降って来た。仰げば塔の峰の頂上から、蝦蟆《がま》のような黒雲が這い出している。いよいよ恐れて早々に宿へ逃げ帰った。
帰って机にむかえば、下の離れ座敷でまたもや義太夫が始まった。近所の宿でも三味線の音がきこえる。今夜はひどく賑《にぎや》かな晩である。十時入浴して座敷に帰ると、桂川も溢れるかと思うような大雨となった。
底本:「岡本綺堂随筆集」岩波文庫、岩波書店
2007(平成19)年10月16日第1刷発行
2008(平成20)年5月23日第4刷発行
底本の親本:「十番随筆」新作社
1924(大正13)年4月初版発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:noriko saito
2008
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