風呂を召さるゝ折から、鎌倉勢が不意の夜討……。味方は小人數、必死にたゝかふ。女でこそあれこの桂も、御奉公はじめの御奉公納めに、この面《おもて》をつけてお身がはりと、早速《さそく》の分別……。月の暗きを幸ひに打物とつて庭におり立ち、左金吾頼家これにありと、呼はり呼はり走せ出づれば、むらがる敵は夜目遠目に、まことの上樣ぞと心得て、うち洩さじと追つかくる。
夜叉王 さては上樣お身替りと相成つて、この面にて敵をあざむき、こゝまで斬拔けてまゐつたか。(血に染みたる假面を取りてぢつと視る)
春彦 我々すらも侍衆と見あやまつた程なれば、敵のあざむかれたも無理ではあるまい。
かへで とは云ふものゝ、淺ましいこのお姿……。姉樣死んで下さりまするな。(取縋りて泣く)
かつら いや、いや。死んでも憾《うら》みはない。賤が伏屋でいたづらに、百年千年生きたとて何とならう。たとひ半|※[#「日+向」、第3水準1−85−25]《とき》一※[#「日+向」、第3水準1−85−25]でも、將軍家のおそばに召出され、若狹の局といふ名をも給はるからは、これで出世の望もかなうた。死んでもわたしは本望ぢや。
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