むつまじう語らうてゐるところに、法師や武士は禁物ぢやよ。はゝゝゝゝ。さあ、ござれ、ござれ。
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(無理に袖をひく。五郎は心ならずも曳かるゝまゝに、打連れて橋を渡りゆく。月出づ。桂は燈籠を持ち、頼家の手をひきて出づ。)
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頼家 おゝ、月が出た。河原づたひに夜ゆけば、芒にまじる蘆の根に、水の聲、蟲の聲、山家《やまが》の秋はまた一としほの風情ぢやなう。
かつら 馴れては左程にもおぼえませぬが、鎌倉山の星月夜とは事變りて、伊豆の山家の秋の夜は、さぞお寂しうござりませう。
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(頼家はありあふ石に腰打ちかけ、桂は燈籠を持ちたるまゝ、橋の欄に凭《よ》りて立つ。月明かにして蟲の聲きこゆ。)
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頼家 鎌倉は天下の覇府、大小名の武家小路、甍《いらか》をならべて綺羅を競へど、それはうはべの榮えにて、うらはおそろしき罪の巷、惡魔の巣ぞ。人間の住むべきところで無い。鎌倉などへは夢も通はぬ。(月を仰ぎて云ふ)
かつら 鎌倉山に時めいて
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