りとは作法をわきまへぬ者なう。
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(冷笑《あざわら》はれて行親は眉をひそめる。)
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行親 なに。若狹の局……。して、それは誰に許された。
頼家 おゝ、予が許した。
行親 北條どのにも謀らせたまはず……。
頼家 北條がなんぢや。おのれ等は二口目には北條といふ。北條がそれほどに尊いか。時政も義時も予の家來ぢやぞ。
行親 さりとて、尼御臺もおはしますに……。
頼家 えゝ、くどい奴。おのれ等の云ふこと、聽くべき耳は持たぬぞ。退《すさ》れ、すされ。
行親 さほどにおむづかり遊ばされては、行親申上ぐべきやうもござりませぬ。仰せに任せて今宵はこのまゝ退散、委細は明朝あらためて見參の上……。
頼家 いや、重ねて來ること相成らぬぞ。若狹、まゐれ。
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(頼家は起ち上りて桂の手を取り、打連れて橋を渡り去る。行親はあとを見送る。芒のあひだに潜みし軍兵出づ。)
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兵一 先刻より忍んで相待ち申したに、なんの合圖もござりませねば……。
兵二 手を下すべき機《をり》もなく、空しく時を移し申した。
行親 北條殿の密旨を蒙《かうむ》り、近寄つて討ちたてまつらんと今宵ひそかに伺候したるが、流石《さすが》は上樣、早くもそれと覺られて、われに油斷を見せたまはねば、無念ながらも仕損じた。この上は修禪寺の御座所へ寄せかけ、多人數一度にこみ入つて本意を遂げうぞ。上樣は早業の達人、近習《きんじゆ》の者共にも手だれあり。小勢の敵と侮りて不覺を取るな。場所は狹し、夜いくさぢや。うろたへて同士撃すな。
兵 はつ。
行親 一人はこれより川下《かはしも》へ走せ向うて、村の出口に控へたる者どもに、即刻かゝれと下知を傳へい。
兵一 心得申した。
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(一人は下手に走り去る。行親は一人を具して上手に入る。木かげより春彦、うかゞひ出づ。)
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春彦 大仁の町から戻る路々に、物の具したる兵者《つはもの》が、こゝに五人かしこに十人|屯《たむろ》して、出入りのものを一々詮議するは、合點がゆかぬと思うたが、さては鎌倉の下知によつて、上樣を失ひたてまつる結構な。さりとは大事ぢや。
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(遠近にて寢鳥のおどろき起つ聲。下田五郎は橋を渡りて出づ。)
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五郎 常はさびしき山里の、今宵は何とやらん物さわがしく、事ありげにも覺ゆるぞ。念のために川の上下《かみしも》を一わたり見廻らうか。
春彦 五郎どのではおはさぬか。
五郎 おゝ、春彦か。
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(春彦は近《ちかづ》きてさゝやく。)
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五郎 や、なんと云ふ。金窪の參入は……。上樣を……。しかと左樣か。むゝ。
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(五郎はあわたゞしく引返しゆかんとする時、橋の上より軍兵一人長卷をたづさへて出で、無言にて撃つてかゝる。五郎は拔きあはせて、忽ち斬つて捨つ。軍兵數人、上下より走り出で、五郎を押つ取りまく。)
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五郎 やあ、春彦。こゝはそれがしが受け取つた。そちは御座所へ走せ參じて、この趣を注進せい。
春彦 はつ。
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(春彦は橋をわたりて走り去る。五郎は左右に敵を引き受けて奮鬪す。)
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(三)
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もとの夜叉王の住家。夜叉王は門にたちて望む。修禪寺にて早鐘を撞く音きこゆ。
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(向ふより楓は走り出づ。)
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かへで 父樣。夜討ぢや。
夜叉王 おゝ、むすめ。見て戻つたか。
かへで 敵は誰やらわからぬが、人數はおよそ二三百人、修禪寺の御座所へ夜討をかけましたぞ。
夜叉王 俄にきこゆる人馬の物音は、何事かと思うたに、修禪寺へ夜討とは……。平家の殘黨か、鎌倉の討手か。こりや容易ならぬ大變ぢやなう。
かへで 生憎に春彦どのはありあはさず、なんとしたことでござりませうな。
夜叉王 我々がうろ/\立騷いだとてなんの役にも立つまい。たゞその成行を觀てゐるばかりぢや。まさかの時には父子が手をひいて立退くまでのこと。平家が勝たうが、源氏が勝たうが、北條が勝たうが、われ/\にかゝり合ひのないことぢや。
かへで それぢやと云うて不意のいくさに、姉樣はなんとなされうか。もし逃げ惑うて過失《あやまち》で
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