とみだれ生ひたり。橋を隔てゝ修禪寺の山門みゆ。同じ日の宵。
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(下田五郎は頼家の太刀を持ち、僧は假面の箱をかゝへて出づ。)
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五郎 上樣は桂どのと、川邊づたひにそゞろ歩き遊ばされ、お供の我々は一足先へまゐれとの御意であつたが、修禪寺の御座所ももはや眼のまへぢや。この橋の袂にたゝずみて、お歸りを暫時相待たうか。
僧 いや、いや、それは宜しうござるまい。桂殿といふ嫋女《たをやめ》をお見出しあつて、浮れあるきに餘念もおはさぬところへ、我々のごとき邪魔外道が附き纒《まと》うては、却つて御機嫌を損ずるでござらうぞ。
五郎 なにさまなう。
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(とは云ひながら、五郎は猶不安の體《てい》にてたゝずむ。)
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僧 殊に愚僧はお風呂の役、早う戻つて支度をせねばなるまい。
五郎 お風呂とて自づと沸いて出づる湯ぢや。支度を急ぐこともあるまいに……。先づお待ちやれ。
僧 はて、お身にも似合はぬ不粹をいふぞ。若き男女《をとこをうな》がむつまじう語らうてゐるところに、法師や武士は禁物ぢやよ。はゝゝゝゝ。さあ、ござれ、ござれ。
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(無理に袖をひく。五郎は心ならずも曳かるゝまゝに、打連れて橋を渡りゆく。月出づ。桂は燈籠を持ち、頼家の手をひきて出づ。)
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頼家 おゝ、月が出た。河原づたひに夜ゆけば、芒にまじる蘆の根に、水の聲、蟲の聲、山家《やまが》の秋はまた一としほの風情ぢやなう。
かつら 馴れては左程にもおぼえませぬが、鎌倉山の星月夜とは事變りて、伊豆の山家の秋の夜は、さぞお寂しうござりませう。
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(頼家はありあふ石に腰打ちかけ、桂は燈籠を持ちたるまゝ、橋の欄に凭《よ》りて立つ。月明かにして蟲の聲きこゆ。)
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頼家 鎌倉は天下の覇府、大小名の武家小路、甍《いらか》をならべて綺羅を競へど、それはうはべの榮えにて、うらはおそろしき罪の巷、惡魔の巣ぞ。人間の住むべきところで無い。鎌倉などへは夢も通はぬ。(月を仰ぎて云ふ)
かつら 鎌倉山に時めいて
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