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(頼家は行きかゝりて物につまづく。桂は走り寄りてその手を取る。)
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頼家 おゝ、いつの間にか暗うなつた。
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(僧はすゝみ出でて、桂に燈籠を渡す。桂は假面の箱を僧にわたし、我は片手に燈籠を持ち、片手に頼家をひきて出づ。夜叉王はぢつと思案の體なり。)
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[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
かへで 父さま、お見送りを……。
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(夜叉王は初めて心づきたる如く、娘と共に門口に送り出づ。)
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五郎 そちへの御褒美は、あらためて沙汰するぞ。
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(頼家等は相前後して出でゆく。夜叉王は起ち上りて、しばらく默然としてゐたりしが、やがてつか/\と縁にあがり、細工場より槌を持ち來りて、壁にかけたる種々の假面を取下《とりおろ》し、あはや打碎かんとす。楓はおどろきて取縋る。)
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かへで あゝ、これ、なんとなさる。おまへは物に狂はれたか。
夜叉王 せつぱ詰りて是非におよばず、拙《つたな》き細工を獻上したは、悔んでも返らぬわが不運。あのやうな面が將軍家のおん手に渡りて、これぞ伊豆の住人夜叉王が作と寶物帳にも記されて、百千年の後までも笑ひをのこさば、一生の名折れ、末代の恥辱、所詮夜叉王の名は廢《すた》つた。職人もけふ限り、再び槌は持つまいぞ。
かへで さりとは短氣でござりませう。いかなる名人上手でも細工の出來不出來は時の運。一生のうちに一度でも天晴《あつぱ》れ名作が出來ようならば、それが即ち名人ではござりませぬか。
夜叉王 むゝ。
かへで 拙い細工を世に出したをそれほど無念と思召さば、これからいよ/\精出して、世をも人をもおどろかすほどの立派な面を作り出し、恥を雪《すゝ》いでくださりませ。
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(かへでは縋りて泣く。夜叉王は答へず、思案の眼を瞑《と》ぢてゐる。日暮れて笛の聲遠くきこゆ。)
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(二)
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おなじく桂川のほとり、虎溪橋《こけいけう》の袂。川邊には柳幾|本《もと》たちて、芒《すゝき》と蘆
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