だ》されぬとは限るまいに、賤《しず》の女《め》がなりわいの紙砧、いつまで擣ちおぼえたとて何となろうぞ。いやになったと言うたが無理か。
かえで それはおまえが口癖に言うことじゃが、人には人それぞれの分があるもの。将軍家のお側近う召さるるなどと、夢のようなことをたのみにして、心ばかり高う打ちあがり、末はなんとなろうやら、わたしは案じられてなりませぬ。
かつら お前とわたしとは心が違う。妹のおまえは今年十八で、春彦という男を持った。それに引きかえて姉のわたしは、二十歳《はたち》という今日の今まで、夫もさだめずに過したは、あたら一生を草の家《や》に、住み果つまいと思えばこそじゃ。職人|風情《ふぜい》の妻となって、満足して暮すおまえらに、わたしの心はわかるまいのう。(空嘯《そらうそぶ》く)
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(楓の婿春彦、二十余歳、奥より出づ。)
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春彦 桂どの。職人風情とさも卑しい者のように言われたが、職人あまたあるなかにも、面作師《おもてつくりし》といえば、世に恥かしからぬ職であろうぞ。あらためて申すに及ばねど、わが
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