かつら 働きたくばお前ひとりで働くがよい。父様《ととさま》にも春彦どのにも褒《ほ》められようぞ。わたしはいやじゃ、いやになった。(投げ出すように砧を捨つ)
かえで 貧の手業《てわざ》に姉妹《きょうだい》が、年ごろ擣ちなれた紙砧を、とかくに飽きた、いやになったと、むかしに変るお前がこのごろの素振りは、どうしたことでござるかのう。
かつら (あざ笑う)いや、昔とは変らぬ。ちっとも変らぬ。わたしは昔からこのようなことを好きではなかった。父さまが鎌倉《かまくら》においでなされたら、わたしらもこうはあるまいものを、名聞《みょうもん》を好まれぬ職人|気質《かたぎ》とて、この伊豆《いず》の山家に隠れ栖《ずみ》、親につれて子供までも鄙《ひな》にそだち、しょうことなしに今の身の上じゃ。さりとてこのままに朽ち果てようとは夢にも思わぬ。近いためしは今わたしらが擣っている修禅寺紙、はじめは賤《いや》しい人の手につくられても、色好紙《いろよしがみ》とよばれて世に出づれば、高貴のお方の手にも触るる。女子《おなご》とてもその通りじゃ。たとい賤しゅう育っても、色好紙の色よくば、関白大臣将軍家のおそばへも、召し出《い
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