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かえで おお、春彦どの。待ちかねました。
春彦 寄せ手は鎌倉の北条方、しかも夜討ちの相談を、測らず木かげで立聴きして、その由を御注進申し上ぎょうと、修禅寺までは駈《か》けつけたが、前後の門はみな囲まれ、翼《つばさ》なければ入ることかなわず、残念ながらおめおめ戻った。
かえで では、姉様の安否も知れませぬか。
春彦 姉はさておいて、上様の御安否さえもまだわからぬ。小勢ながらも近習の衆が、火花をちらして追っつ返しつ、今が合戦最中じゃ。
夜叉王 なにを言うにも多勢に無勢、御所方《ごしょがた》とても鬼神ではあるまいに、勝負は大方知れてある。とても逃れぬ御運の末じゃ。蒲殿といい、上様と言い、いかなる因縁かこの修禅寺には、土の底まで源氏の血が沁《し》みるのう。
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(寺鐘烈しくきこゆ。春彦夫婦は再び表をうかがい見る。)
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かえで おお、おびただしい人の足音……。鎬《しのぎ》を削る太刀の音……。
春彦 ここへも次第に近づいてくるわ。
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(桂は頼家の仮面を持ちて顔に
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