父様。夜討ちじゃ。
夜叉王 おお、むすめ。見て戻ったか。
かえで 敵は誰やらわからぬが、人数はおよそ二三百人、修禅寺の御座所へ夜討ちをかけましたぞ。
夜叉王 にわかにきこゆる人馬の物音は、何事かと思うたに、修禅寺へ夜討ちとは……。平家の残党か、鎌倉の討手か。こりゃ容易ならぬ大変じゃのう。
かえで 生憎《あやにく》に春彦どのはありあわさず、なんとしたことでござりましょうな。
夜叉王 われわれがうろうろ立ち騒いだとてなんの役にも立つまい。ただそのなりゆきを観ているばかりじゃ。まさかの時には父子《おやこ》が手をひいて立ち退くまでのこと。平家が勝とうが、源氏が勝とうが、北条が勝とうが、われわれにはかかり合いのないことじゃ。
かえで それじゃと言うて不意のいくさに、姉様《あねさま》はなんとなさりょうか。もし逃げ惑うて過失《あやまち》でも……。
夜叉王 いや、それも時の運じゃ、是非もない。姉にはまた姉の覚悟があろうよ。
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(寺鐘と陣鐘とまじりてきこゆ。楓は起ちつ居つ、幾たびか門に出でて心痛の体《てい》。向うより春彦走り出づ。)
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