も女夫はありそうな……と、つい戯《たわむ》れに申したのう。
かつら お戯れかは存じませぬが、そのお詞《ことば》が冥加《みょうが》にあまりて、この願《がん》かならずかなうようと、百日のあいだ人にも知らさず、窟へ日参いたせしに、女夫の桂のしるしありて、ゆくえも知れぬ川水も、嬉《うれ》しき逢瀬《おうせ》にながれ合い、今月今宵おん側近う、召し出されたる身の冥加……。
頼家 武運つたなき頼家の身近うまいるがそれほどに嬉しいか。そちも大方は存じておろう。予には比企《ひき》の判官《はんがん》能員《よしかず》の娘|若狭《わかさ》といえる側女《そばめ》ありしが、能員ほろびしその砌《みぎり》に、不憫《ふびん》や若狭も世を去った。今より後はそちが二代の側女、名もそのままに若狭と言え。
かつら あの、わたくしが若狭の局《つぼね》と……。ええ、ありがとうござりまする。
頼家 あたたかき湯の湧《わ》くところ、温かき人の情も湧く。恋をうしないし頼家は、ここに新しき恋を得て、心の痛みもようやく癒えた。今はもろもろの煩悩《ぼんのう》を断って、安らけくこの地に生涯を送りたいものじゃ。さりながら、月には雲の障《さわ》りあり
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