月明らかにして虫の声きこゆ。)
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頼家 鎌倉は天下の覇府《はふ》、大小名の武家小路、甍《いらか》をならべて綺羅《きら》を競えど、それはうわべの栄えにて、うらはおそろしき罪の巷《ちまた》、悪魔の巣ぞ。人間の住むべきところでない。鎌倉などへは夢も通わぬ。(月を仰ぎて言う)
かつら 鎌倉山に時めいておわしなば、日本一の将軍家、山家そだちのわれわれは下司《げす》にもお使いなされまいに、御果報|拙《つたな》いがわたくしの果報よ。忘れもせぬこの三月、窟詣《いわやもう》での下向路《げこうみち》、桂谷の川上で、はじめて御目見得をいたしました。
頼家 おお、その時そちの名を問えば、川の名とおなじ桂と言うたな。
かつら まだそればかりではござりませぬ。この窟のみなかみには、二本《ふたもと》の桂の立木ありて、その根よりおのずから清水を噴き、末は修禅寺にながれて入れば、川の名を桂とよび、またその樹を女夫《めおと》の桂と昔よりよび伝えておりますると、お答え申し上げましたれば、おまえ様はなんと仰せられました。
頼家 非情の木にも女夫はある。人に
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