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僧 ことに愚僧はお風呂《ふろ》の役、早う戻《もど》って支度をせねばなるまい。
五郎 お風呂とておのずと沸いて出づる湯じゃ。支度を急ぐこともあるまいに……。まずお待ちゃれ。
僧 はて、お身にも似合わぬ不粋をいうぞ。若き男女《おとこおうな》がむつまじゅう語ろうているところに、法師や武士は禁物じゃよ。ははははは。さあ、ござれ、ござれ。
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(無理に袖をひく。五郎は心ならずも曳かるるままに、打ち連れて橋を渡りゆく。月出づ。桂は燈籠を持ち、頼家の手をひきて出づ。)
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頼家 おお、月が出た。河原づたいに夜ゆけば、芒にまじる芦の根に、水の声、虫の声、山家《やまが》の秋はまたひとしおの風情《ふぜい》じゃのう。
かつら 馴《な》れてはさほどにもおぼえませぬが、鎌倉山の星月夜とは事変りて、伊豆の山家の秋の夜は、さぞお寂しゅうござりましょう。
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(頼家はありあう石に腰打ちかけ、桂は燈籠を持ちたるまま、橋の欄に凭《よ》りて立つ。
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