では縋りて泣く。夜叉王は答えず、思案の眼を瞑《と》じている。日暮れて笛の声遠くきこゆ。)
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     第二場

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おなじく桂川のほとり、虎渓橋《こけいきょう》の袂。川辺には柳|幾本《いくもと》たちて、芒《すすき》と芦《あし》とみだれ生いたり。橋を隔てて修禅寺の山門みゆ。同じ日の宵。

(下田五郎は頼家の太刀を持ち、僧は仮面《めん》の箱をかかえて出づ。)
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五郎 上様は桂どのと、川辺づたいにそぞろ歩き遊ばされ、お供のわれわれは一足先へまいれとの御意であったが、修禅寺の御座所ももはや眼のまえじゃ。この橋の袂《たもと》にたたずみて、お帰りを暫時相待とうか。
僧 いや、いや、それはよろしゅうござるまい。桂殿という嫋女《たおやめ》をお見出しあって、浮れあるきに余念もおわさぬところへ、われわれのごとき邪魔|外道《げどう》が附き纏《まと》うては、かえって御機嫌を損ずるでござろうぞ。
五郎 なにさまのう。
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(とは言いながら、五郎はなお不安の体にてたたずむ。)

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