となく打ちましても、意にかなうほどのもの一つもなく、さらに打ち替え作り替えて、心ならずも延引に延引をかさねましたる次第、なにとぞお察しくださりませ。
頼家 ええ、催促の都度におなじことを……。その申しわけは聞き飽いたぞ。
五郎 この上はただ延引とのみで相済むまい。いつのころまでにはかならず出来するか、あらかじめ期日をさだめてお詫《わび》を申せ。
夜叉王 その期日は申し上げられませぬ。左に鑿をもち、右に槌を持てば、面はたやすく成るものと思し召すか。家をつくり、塔を組む、番匠《ばんしょう》なんどとは事変りて、これは生《しょう》なき粗木《あらき》を削り、男、女、天人、夜叉、羅刹《らせつ》、ありとあらゆる善悪邪正のたましいを打ち込む面作師。五体にみなぎる精力《せいりき》が、両の腕《かいな》におのずから湊《あつ》まる時、わがたましいは流るるごとく彼に通いて、はじめて面も作られまする。ただしその時は半月の後か、一月の後か、あるいは一年二年の後か。われながら確《しか》とはわかりませぬ。
僧 これ、これ、夜叉王どの。上様は御自身も仰せらるるごとく、至って御性急でおわします。三島の社の放し鰻《うなぎ》を
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