えりて、庭に降り立つ。)
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僧 やれ、やれ、これで愚僧もまず安堵《あんど》いたした。夜叉王どの、あすまた逢《あ》いましょうぞ。
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(頼家は行きかかりて物につまずく。桂は走り寄りてその手を取る。)
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頼家 おお、いつの間にか暗うなった。
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(僧はすすみ出でて、桂に燈籠を渡す。桂は仮面の箱を僧にわたし、われは片手に燈籠を持ち、片手に頼家をひきて出づ。夜叉王はじっと思案の体なり。)
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かえで 父さま、お見送りを……。
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(夜叉王は初めて心づきたるごとく、娘とともに門口に送り出づ。)
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五郎 そちへの御褒美《ごほうび》は、あらためて沙汰《さた》するぞ。
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(頼家らは相前後して出でゆく。夜叉王は起ち上りて、しばらく黙然としていたりしが、やがてつかつかと縁にあがり、細工場より槌を持ち来たりて、壁にかけたるいろいろの仮面を取り下し、あわや打ち砕かんとす。楓はおどろきて取り縋《すが》る。)
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かえで ああ、これ、なんとなさる。おまえは物に狂われたか。
夜叉王 せっぱ詰まりて是非におよばず、拙《つたな》き細工を献上したは、悔んでも返らぬわが不運。あのような面が将軍家のおん手に渡りて、これぞ伊豆の住人夜叉王が作と宝物帳にも記《しる》されて、百千年の後までも笑いをのこさば、一生の名折れ、末代の恥辱、所詮《しょせん》夜叉王の名は廃《すた》った。職人もきょう限り、再び槌は持つまいぞ。
かえで さりとは短気でござりましょう。いかなる名人上手でも細工の出来不出来は時の運。一生のうちに一度でもあっぱれ名作が出来ようならば、それがすなわち名人ではござりませぬか。
夜叉王 むむ。
かえで 拙い細工を世に出したをそれほど無念と思し召さば、これからいよいよ精出して、世をも人をもおどろかすほどの立派な面を作り出し、恥を雪《すす》いでくださりませ。
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(かえ
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