面が死んでおるとは……。
夜叉王 年ごろあまた打ったる面は、生けるがごとしと人も言い、われも許しておりましたが、不思議やこのたびの面に限って、幾たび打ち直しても生きたる色なく、たましいもなき死人の相……。それは世にある人の面ではござりませぬ。死人の面でござりまする。
五郎 そちはさように申しても、われらの眼にはやはり生きたる人の面……。死人の相とは相見えぬがのう。
夜叉王 いや、いや、どう見直しても生《しょう》ある人ではござりませぬ。しかも眼《まなこ》に恨みを宿し、何者をか呪《のろ》うがごとき、怨霊《おんりょう》怪異《あやかし》なんどのたぐい……。
僧 あ、これ、これ、そのような不吉のことは申さぬものじゃ。御意《ぎょい》にかなえばそれで重畳《ちょうじょう》、ありがたくお礼を申されい。
頼家 むむ。とにもかくにもこの面は頼家の意にかのうた。持ち帰るぞ。
夜叉王 強《た》って御所望《ごしょもう》とござりますれば……。
頼家 おお、所望じゃ。それ。
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(頼家は頤《あご》にて示せば、かつら心得て仮面を箱に納め、すこしく媚《こび》を含みて頼家にささぐ。頼家はさらにその顔をじっと視る。)
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頼家 いや、なおかさねて主人《あるじ》に所望がある。この娘を予が手もとに召し仕《つか》いとう存ずるが、奉公さする心はないか。
夜叉王 ありがたい御意にござりまするが、これは本人の心まかせ、親の口から御返事は申し上げられませぬ。
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(桂は臆せず、すすみ出づ。)
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かつら 父様。どうぞわたしに御奉公を……。
頼家 うい奴じゃ。奉公をのぞむと申すか。
かつら はい。
頼家 さらばこれよりその面をささげて、頼家の供してまいれ。
かつら かしこまりました。
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(頼家は起つ。五郎も起つ。桂もつづいて起つ。楓は姉の袂《たもと》をひかえて、心もとなげに囁《ささや》く。)
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かえで 姉さま。おまえは御奉公に……。
かつら おまえは先ほど、夢のような望みと笑うたが、夢のような望みが今かのうた。
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(かつらは誇りがに見か
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