それは判然《はっきり》解らぬが、多分前者であろうと察せられる。私が滞在していた新井の主人の話に拠《よ》ると、鎌倉では頼家を毒殺せんと企て、窃《ひそか》に怪しい薬を侑《すす》めた結果、頼家の顔はさながら癩病患者のように爛《ただ》れた。その顔を仮面《めん》に作らせて、頼家はかくの通りでござると、鎌倉へ注進させたものだという説があるそうですけれども、これは信じられません。
とにかく、その仮面《めん》を覧《み》て、寺を出ると、秋の日はもう暮近い。私は虎渓橋《こけいきょう》の袂《たもと》に立って、桂川の水を眺めていました。岸には芒《すすき》が一面に伸びている。私は例の仮面《めん》の由来に就て種々《いろいろ》考えてみましたが、前にもいう通り、頼家所蔵の舞楽の面《おもて》というの他には、取止めた鑑定も付きません。
頼家は悲劇の俳優《やくしゃ》です。悲劇と仮面《めん》……私は希臘《ギリシャ》の悲劇の神などを聯想しながら、ただ茫然《ぼんやり》と歩いて行くと、やがて塔の峰の麓《ふもと》に出る。畑の間には疎《まばら》に人家がある。頼家の仮面《めん》を彫った人は、この辺に住んでいたのではなかろうかなどと考
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