こうして置けば誰も覚《さと》る気づかいはない。包孝粛のような偉い人が再び世に出たら知らず、さもなければとても裁判は出来まいといって、みんなが大きい声で笑ったそうだ。それを旅びとの幽霊というのか、魂というのか、ともかくも旅びとの死体が聴いていて、今度ここの劇場で包孝粛の芝居を上演したのを機会に、その名判官の前に姿を現したのだろうというのだ。土工らも余計なことをしゃべったばかりに、みごと幽霊に復讐されたわけさ。シナにはこんな怪談は幾らもあるが、包孝粛は遠いむかしの人だからどうすることも出来ない。そこで幽霊がそれに扮する俳優の前に現れたというのはちょっと面白いじゃないか。いや、話はこれからだんだんに面白くなるのだ。」
K君は茶をすすりながらにやにや笑っていた。雨はいよいよ本降りになったらしく、岸の柳が枯れかかった葉を音もなしに振るい落しているのもわびしかった。
二
わたしは黙って茶をすすっていた。しかし今のK君の最後のことばが少し判らなかった。包孝粛の舞台における怪談はもうそれで解決したらしく思われるのに、彼はこれから面白くなるのだという。それがどうも判らないので、わたしは
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