い。俳優もこれには困って、なんとか返事をしてくれと幽霊に催促すると、幽霊はやはり返事をしない。しかし彼は俄かに立上がって、俳優を招きながら門外へ出て行くらしいので、俳優はそれを県令に申立てると、県令は下役ふたりに命じてその跡を追わせた。幽霊のすがたは俳優の眼にみえるばかりで、余人《よじん》には見えないのであるから、俳優は案内者として先に立って行くと、幽霊は町を離れて野道にさしかかる。そうして、およそ数里、日本の約一里も行ったかと思うと、やがて広い野原に行き着いて、ひとつの大きい塚の前で姿は消えた。その塚は村で有名な王家の母の墓所であることを確かめて、三人は引っ返して来た。」
「幽霊は男だね。」と、わたしはまた訊いた。「男の幽霊が女の墓にはいったというわけだね。」
「それだから少しおかしい。県令はすぐに王家の主人を呼出して取調べたが、なんにも心当りはないと答えたので、本人立会いの上でその墓を発掘してみると、土の下から果して一人の男の死体があらわれて、顔色《がんしょく》生けるが如くにみえたので、県令はさてこそという気色《きしょく》でいよいよ厳重に吟味したが、王はなかなか服罪しない。自分は決
前へ 次へ
全26ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング