さえて、月の明かるい湖畔をさまよっていたのを見た者がある。それはこの西湖の画舫の船頭で、十日ほど前に李香は一座の者五、六人とここへ来て、誰もがするように画舫に乗って、湖水のなかを乗りまわした。人気商売であるから、船頭にも余分の祝儀をくれた。殊にそれが当時評判の高い李香であるというので、船頭もよくその顔をおぼえていたのだ。その李香が美しい女と夜ふけに湖畔を徘徊している――どこでも人気役者には有勝ちのことだから、船頭も深く怪しみもしないで摺れちがってしまったのだが、さて、こういうことになると、それが船頭の口から洩れて、種々のうたがいがその美人の上にかかって来た。」
「それは当りまえだ。そこで、その美人は何者だね。」
「まあ、待ちたまえ。急《せ》いちゃあいけない。話はなかなか入り組んでいるのだから。」と、K君は焦《じ》らすように、わざとらしく落ちつき払っていた。
秋の習いといいながら、雨は強くもならず、小やみにもならない、さっきから殆んど同じような足並でしとしとと降りつづけている。午《ひる》をすぎてまだ間もないのに、湖水の上は暮れかかったように薄暗くけむっていた。
「李の死んだのはいつだね
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