あるが、元日までには恐らく咲くまい。[#地から1字上げ](大正十二年十二月二十日)
二 箙《えびら》の梅
[#ここから3字下げ]
狸坂くらやみ坂や秋の暮
[#ここで字下げ終わり]
これは私がここへ移転当時の句である。わたしの門前は東西に通ずる横町の細路で、その両端には南へ登る長い坂がある。東の坂はくらやみ坂、西の坂は狸坂と呼ばれている。今でもかなりに高い、薄暗いような坂路であるから、昔はさこそと推量《おしはか》られて、狸坂くらやみ坂の名も偶然でないことを思わせた。時は晩秋、今のわたしの身に取っては、この二つの坂の名が一層幽暗の感を深うしたのであった。
坂の名ばかりでなく、土地の売物にも狸|羊羹《ようかん》、狸せんべいなどがある。カフェー・たぬき[#「たぬき」に傍点]というのも出来た。子供たちも「麻布十番狸が通る」などと歌っている。狸はここらの名物であるらしい。地形から考えても、今は格別、むかしは狐や狸の巣窟であったらしく思われる。私もここに長く住むようならば、綺堂をあらためて狸堂とか狐堂とかいわなければなるまいかなどとも考える。それと同時に、「狐に穴あり、人の子は枕す
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