も私が随時に記入していた雑記帳、随筆、書き抜き帳、おぼえ帳のたぐい三十余冊、これも自分としては頗《すこぶ》る大切なものであるが、今更悔むのは愚痴である。せめてはその他の刊本写本だけでもだんだんに買い戻したいと念じているが、その三分の一も容易に回収は覚束《おぼつか》なそうである。この頃になって書棚の寂しいのがひどく眼についてならない。諸君が汲々として帝都復興の策を講じているあいだに、わたしも勉強して書庫の復興を計らなければならない。それがやはり何らかの意義、何らかの形式に於て、帝都復興の上にも貢献するところがあろうと信じている。
 わたしの家ではこれまでもあまり正月らしい設備をしたこともないのであるから、この際とても特に例年と変ったことはない。年賀状は廃するつもりであったが、さりとて平生懇親にしている人々に対して全然無沙汰で打過ぎるのも何だか心苦しいので、震災後まだほんとうに一身一家の安定を得ないので歳末年始の礼を欠くことを葉書にしたためて、年内に発送することにした。その外には、春に対する準備もない。
 わたしの庭には大きい紅梅がある。家主の話によると、非常に美事な花をつけるということで
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