多寡《たか》が二疋三疋の赤蜻蛉を見付けて、珍らしそうに五人も六人もで追い廻している。
きょうは例の赤とんぼう日和《びより》であるが、殆《ほとん》ど一疋も見えない。わたしは昔の元園町がありありと眼前《めさき》に泛《うか》んで、年ごとに栄えてゆくこの町がだんだんに詰らなくなって行くようにも感じた。
二 芸妓
有名なお鉄《てつ》牡丹餅《ぼたもち》の店は、わたしの町内の角に存していたが、今は万屋《よろずや》という酒舗《さかや》になっている。
その頃の元園町《もとぞのちょう》には料理屋も待合も貸席もあった。元園町と接近した麹町《こうじまち》四丁目の裏町には芸妓屋《げいしゃや》もあった。わたしが名を覚えているのは、玉吉《たまきち》、小浪《こなみ》などという芸妓で、小浪は死んだ。玉吉は吉原に巣を替えたとか聞いた。むかしの元園町は、今のような野暮《やぼ》な町ではなかったらしい。
また、その頃のことで私が能《よ》く記憶しているのは、道路のおびただしく悪いことで、これは確《たしか》に今の方がいい。下町は知らず、我々の住む山の手では、商家《しょうか》でも店でこそランプを用いたれ、奥の住
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