一坪四十銭と称している。
 私が幼い頃の元園町は家並《やなみ》がまだ整わず、到る処《ところ》に草原があって、蛇が出る、狐が出る、兎が出る。私の家の周囲《まわり》にも秋の草花が一面に咲き乱れていて、姉と一所《いっしょ》に笊《ざる》を持って花を摘みに行ったことを微《かす》かに記憶している。その草叢《くさむら》の中には、所々に小さな池や溝川《みぞがわ》のようなものもあって、釣《つり》などをしている人も見えた。今日《こんにち》では郡部へ行っても、こんな風情は容易に見られまい。
 蝉や蜻蛉《とんぼう》も沢山にいた。蝙蝠《かわほり》の飛ぶのもしばしば見た。夏の夕暮には、子供が草鞋《わらじ》を提《さ》げて、「蝙蝠《こうもり》来《こ》い」と呼びながら、蝙蝠《かわほり》を追い廻していたものだが、今は蝙蝠の影など絶えて見ない。秋の赤蜻蛉、これがまた実におびただしいもので、秋晴《あきばれ》の日には小さい竹竿を持って往来に出ると、北の方から無数の赤蜻蛉がいわゆる雲霞《うんか》の如くに飛んで来る。これを手当り次第に叩き落すと、五分か十分の間に忽《たちま》ち数十|疋《ぴき》の獲物があった。今日《こんにち》の子供は
前へ 次へ
全15ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング