いますと、やがて吉五郎は子分の者に眼配せをして、「あの屏風をあけろ。」と言いました。子分の二人が起ち上がって、下の方の隅に立てまわしてある逆さ屏風をあけると、六三郎はひと目見てはっとしました。
この逆さ屏風がさっきから気になっていたのですが、さていよいよ明けてみると、屏風のなかには一人の女がうしろ向きになって倒れているのです。長い髪は滅茶苦茶に散らばって、頭から肩のあたりに押っかぶさっていて、黒の帯はぐずぐずに解けかかっている。それはまあいいとして、女の着ている白地の単衣《ひとえもの》はどこもかしこも血だらけで、とりわけて肩や脇腹のあたりには、大きな撫子《なでしこ》の花でも染め出したようにべっとりと紅くにじんでいる。早くいえば、芝居の切られお富をそのままなのです。この女は誰でしょう。どうしてこんな酷《むご》たらしい目に逢ったのでしょう。六三郎は惣身《そうみ》に冷や水でも浴びせられたように感じて、息ももう詰まってしまいました。からだは石のようになって、ふるえることも出来なくなりました。
吉五郎は黙って悠々と酒を飲んでいます。大勢の子分達もなんにもいわずに酒を飲んだり、煙草をのんだりし
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