ているのです。燭台の煌々と明るい広間はただ森閑として、庭に鳴いている虫の声が途切れ途切れにきこえるばかりです。六三郎はもう生きているのか、死んでいるのか判りません。唯さえ蒼白い顔は藍《あい》のように変わってしまって、ただ黙ってうつむいていると、やがて吉五郎はじろりと見かえって、「若けえ人に飛んだお下物《さかな》を見せたが、おめえはあの女を知っているかえ。」と、こう訊いたそうです。知っていると言ったらどうするでしょう。この時に六三郎はなんと返事をすればよかったでしょう。その返事の仕様一つで、自分も女とおなじ運命に陥るのは眼に見えています。
もし六三郎に勇気があったら、自分もおなじ枕に殺されても構わない、なぶり殺しにされても厭わない。血だらけになった女の死骸をしっかり抱いて、これはわたしを可愛がってくれた女ですと大きい声で叫んだかも知れません。が、六三郎は可哀そうにまだ子供です。またその性質や職業からいっても、そんなことの出来るような強い人間ではありません。実際この女のためならば、命もいらないと思い込んでいるとしても、いざという時にその命を思い切ってそこへ投げ出すことの出来る人間ではあり
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