ません。で、六三郎は黙っていました。重ねて訊かれた時に、怖々ながら重い口で、「いいえ、存じません。」と、卑怯なことを言ったのです。六三郎は心にもない嘘をついてしまったのです。「ほんとうに知らねえのか。」と、念を押された時にも、「知りません」と、又答えたそうです。
吉五郎は「むむ、そうか。」と、苦笑いをしたばかりで、別に深く詮議もしなかったそうです。そうして「どうだい、もう一杯やらねえか。」と言って、例の味淋酒を突き付けられたのですが、六三郎はもう夢中で、今度は一杯の味淋酒をひと息にぐっと飲んでしまいました。
女の死骸はふたたび屏風に隠されて、それからまたいろいろの下物などが出たそうですが、六三郎は箸も付けませんでした。舞台で坐っているよりももっと整然《きちん》とかしこまったままで、吉五郎や子分達がおもしろそうに飲んでいるのをまじまじと眺めていました。そのうちにどこかで一番鶏が歌い始める。「お前も迷惑だろうから、もう帰ったらよかろう。」と吉五郎が言う。ぬくめ鳥のような六三郎はようよう荒鷲の爪から放されて、たくさんの祝儀を貰って、元のように子分たちに送られて帰りました。
宿の方では六
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