三郎が連れて行かれたというのを聞いて、太夫元は勿論、一座の者も色を変えて心配していたのですが、ともかくも無事に帰されて来たので、みんなも先ずほっと息をつきました。六三郎は命拾いをして気がゆるんだのか、それとも過度の恐怖に打たれたのか、まるで狐の落ちた人のように唯けろりとしているばかりで、さのみ嬉しそうな顔もしていませんでした。
六三郎はあくる日の午《ひる》過ぎまで他愛もなく眠っていました。時々に怖い夢にでもおそわれたように唸っていました。しかしそういつまでも寝かしても置かれませんから、一つ座敷の広助がゆり起こして、顔を洗わせる、飯を食わせる。六三郎もこれでどうやら正気が付いたようでした。秋の日は早く暮れて、もう楽屋入りの時刻が来たので、六三郎は蒼ざめた顔を白粉にぬり隠して、薄暗い舞台の上で、ゆうべ通りに八重とおこんとを勤めました。その狂言中にどうしたのか、六三郎は舞台で倒れてしまったのです。さあ、大騒ぎになって、六三郎を楽屋へかつぎ込み、水やら薬やらの介抱で、ようように息を吹き返しましたが、その夜なかから大熱を発して、枕をつかむやら、夜具を跳ねのけるやら、転げまわって苦しむのです。そ
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