うして、囈語《うわこと》のように「済みません、堪忍してください。」と言いつづけていました。
宿でも心配して医者を呼び、一座の者も親切に看病してやったのですが、六三郎はひと晩のうちにめっきり痩せ衰えてしまいました。あくる日はとても起きることは出来ません。大事の人気役者に休まれては芝居の景気にも障るというので、みんなも心配しましたが、こればかりはどうも仕様がありません。六三郎はとうとう舞台へ出ることが出来ませんでした。それから二日で、この芝居も千秋楽になりましたが、六三郎はまだ床を離れることが出来ないで、からだは日ましに衰えて行くばかりです。美しい顔も幽霊のように窶《やつ》れてしまって、手にも足にも血が通っているとは見えません。ただ血走っているのはくぼんだ眼ばかりです。
この一座はこれから信州の方へ買われてゆく約束になっているので、いつまでも此処に逗留しているわけにもゆきません。殊に芝居が済んでしまえば、その後の宿屋の雑用《ざつよう》などは自分たちの負担になるのですから、大勢の者はただ遊んでいることは出来ません。といって、病人を置き去りにしてゆくほどの不人情な人達でもなかったので、芝居
前へ
次へ
全18ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング