を打ち揚げてから二日目の朝、半分は死んでいるような六三郎を山駕《やまかご》にのせて、一座の子供役者はこの土地を立ち退くことになりました。座頭の役者は見送りの人々にむかって「来年もまた御厄介になります。」と挨拶をして別れました。山国の秋は俄かに寒くなって、けさは袷でもほしいような陽気でした。
 お江戸の役者が発つというので、これまで幾日か白粉の香に酔わされていたこの町の娘子供などは名残り惜しいような顔をして見送っていました。中には悲しそうに涙ぐんでいるのもありました。取り分けて肝腎の花形の六三郎の顔が駕籠の垂簾《たれ》にかくされているのを、残り惜しく思う若い女もたくさんあったでしょう。そのなかで唯ひとり、路傍《みちばた》の柳のかげに立って、六三郎の駕籠をじっと睨んで、「畜生……いい気味だ。」と、あざわらっている一人の女がありました。
 お初は生きていたのです。
 親分の吉五郎は苦労人で、大勢の子分の面倒も見ている男だけに、お初と六三郎とのわけを聞いても、生かすの殺すのというような、この社会にありがちな野暮はいわなかったのです。そこで先ずお初を自分の家へ呼びつけて、おだやかに詮議を始めると
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