蔭ながらよろこんでいる。一度は逢って懇意になって置きたいと思っていたんだが、いろいろ野暮な用があったので、きょうまで延引してまことに済まなかった。なにしろ、今夜はよく来てくれた。おれ達のようなケチな野郎でも又何かの役に立つことがねえとも限らねえ。これからは心安く付き合ってもらおうぜ。」と、まあこんな挨拶をして、六三郎に大きな杯をさしたそうです。六三郎は子供で、しかも下戸ですから一生懸命に固くなって頻りに辞退すると、それじゃあ味淋酒でもやれというので、子分が大きな徳利《とくり》を持ち出して来ました。味淋だって同じことです。この場合、酒も味淋も湯も茶も、なんにも喉へは通らないのですけれども、折角そういうもんですから、六三郎は仕方なしに味淋の杯をひと口なめて下に置きました。
 吉五郎は大勢の親分と立てられている人だけに、人間もなかなか如才ないらしく、初対面から打ち解けていろいろの話を仕掛けますけれども、こっちは針の筵《むしろ》に坐っているのですから、満足の受け答えができよう筈がありません。相手が打ち解けた風を見せるだけに、なおなおこっちは薄気味悪くなって来て、今にどうなることかと小さくなって
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